【映画】『愚行録』

 不穏な旋律が流れるなか、妻夫木聡演じる主人公・田中武志がバスに座っているところから、この映画は始まる。

 老人に席を譲るよう促され立ち上がるが、武志は足をひきずり、バスが大きく揺れると、崩れるように床に倒れこんでしまう。そして、あたりに気まずい雰囲気が漂う。

 下車した武志はそのまま、体を歪めながら、足を引きずって歩いていくが、バスが去って行くと、なんと突然スタスタ歩き始めたのだ。

 実に印象的なシーンである。

 武志は、一年前に起こった一家惨殺事件を取材する雑誌記者。

 真相を追ううちに、上昇思考の強いエリート会社員の夫と、美しくしたたかな妻の過去が浮き彫りになってくる。

《この世の中は格差社会じゃなくて、階級社会》

 と、取材者の一人がもらした。

 その階級社会を上昇するために、惨殺された彼らがどれだけの人達を利用し、傷つけてきたことか。

 育児放棄で逮捕された満島ひかり演じる武志の妹・光子との複雑な事情も絡み、事件は思いもよらない真相へと近付いていく。

 誰もが、苦しみを抱えながらも、利己的で、卑怯で、残忍なのに、本当に自分が大切に思う人に対してだけは、献身的なまでの愛を注ぐことができる。

 この救いようもない映画の端々から、そんな、北野作品にも通ずる奇妙な感覚を感じたのは、私だけだろうか。


愚行録

愚行録