山本兼一『利休にたずねよ』

「似たような小壺であっても、一文の値打ちのない物と高価な物があります。いったい何がちがうのでしょうか」とイエズス会東インド巡察師・ヴァリニァーノが尋ねる。

 利休はこう応えた。

「それは、わたしが決めることです。わたしが選んだ品に伝説が生まれます」


 これが利休の発想である。

 ふてぶてしいまでにおのれの美学を信じる男。さらに、利休には誰にも劣らない機知があった。

 故に、時の権力者たちに重用され、天下一の茶頭へと登り詰めていった。

 秀吉も、しばしば利休の機転や、発想に助けられてきた。

 九州・島津征伐の折りには、 島津義久に対し強圧的な手紙をしたためたが、そばにいた利休に進言された。「高飛車な手紙では、島津をかたくなにさせるばかり。ここは硬軟織りまぜて攻め立てなさるがなによりの策」 だと利休が、分別を持って戦いをやめるようおだやかな口調で諭す手紙を書いた。

 だからこそ、島津征伐がことのほか順調に進んだのだ。

 秀吉は、利休に敵をたらし込む緩急自在の呼吸を教わった気がした。


 しかし、利休はその鋭さ故に秀吉に疎まれ、切腹を命ぜられる。

 切腹の理由として伝えられたのは二つ。

 一つは、大徳寺山門に安置された利休の木像が不敬であること。二階の中央に安置されており、秀吉が山門を通る度に利休の股下を通らなくてはならず、不敬だと。木像は、山門への寄進の礼として、大徳寺側が置いたものであり、まさにいちゃもんである。

 もう一つは、茶道具を法外な高値で売っていること。これも、人々が利休の審美眼を信じる故で、言いがかりである。

 秀吉は、利休がただ気にくわないのである。美を思うがままに操り、美の頂点に君臨する利休が許せないのだ。


 利休の弟子である諸侯たちは、利休を心配して、秀吉との間にはいり、何とかしようと奔走する。

 秀吉も、利休がただ謝りさえしてくれれば許すと伝え、謝りにくるのを待っている。しかし、利休には謝る気が全くない。


 秀吉は、以前一度だけ、利休の懐に大切にされている美しい緑釉の香合をみたことがある。そのときそれに魅せられて、黄金一千枚で譲って欲しいと頼んだが、恩義ある方の形見だからと断られた。そこで、その香合を献上すれば、許すとも伝えたが、利休の気持ちは変わらない。

 秀吉に理由もなく謝るぐらいなら、自ら死んだほうがよい。ましてや、この香合を秀吉に譲るなぐらいなら……。


 そして、利休は死を選んだのである。


 利休無念の死については、今までにも何度も語られてきたと思うが、この本はそこでは終わらない。


 秀吉に大枚を積まれても譲らず、死の直前まで肌身離さず持ち歩いていた香合。女のものと思われるその美しい緑釉の香合には、いったいどんな秘め事があるのだろうか。
 利休の研ぎ澄まされた感性、艶やかで気迫に満ちた人生を導くこととなった、若き日のせつなく鮮烈な恋とは、いったいどんなものだったのだろうか。

 著者は、時間の仕掛けを用いて、その謎に鮮やかに迫っていく。


利休にたずねよ (PHP文芸文庫)

利休にたずねよ (PHP文芸文庫)