科学のカラヴァッジョ派ブログ

ブログのコンセプトは「文学少女が物理学の本を読んだら」です。科学の恋愛至上主義。外見重視。

村上龍『希望の国のエクソダス』

 二十世紀末、バブル破綻のつけを清算できないまま、日本経済が右往左往する中で、この小説は書かれた。

 今まで絶対的と思われてきた金融機関、終身雇用、大手一流企業神話…いろんなものが、崩れ始めた時代。今まで当たり前だと思ってきたセオリーが通用しないと、思われ始めた時代。

 経済だけではなくて、何を信じ、何を目標に、何処へむかえば良いのか。誰しもが不安を感じ始めた時代であった。

 そして、子どもたちには、手本としたい大人、信用できる大人がいなかった。

 だから、全国の不登校中学生達は、自分達で、自分達がやりたい社会を創ることにしたのだ。引きこもり中学生達はインターネットで繋がり、自分達の夢を一つ一つ実現させていく。

 その中核にASUNARO があった。

 自分達でネット情報から資金を生み出し、優秀な大人を雇って人材教育センターを作った。そのネットが生み出す情報量と質の高さから、世界経済にまで影響を及ぼすようになっていく。

 そのASUNARO 代表、中学生ポンちゃんは、国会衆議院予算委員会で話すチャンスを得ると、全世界に向けて言った。

「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」
と。

 数年後、希望を形にするために、ポンちゃん達は、北海道に移り住み、広大な土地で風力発電を始め、仮想通貨も作った。

 地元の産業を後押し、ネットを使って販路を広げた。

 そこでは、みんな上下関係に縛られることなく、自分のために働いている。

 どんなに規模が大きくなっても、ポンちゃん達は、小さなオフィスで、ポロシャツと綿パン姿。そこがなんだかホッとする。
   

 読んでるうちに、どこまでが本当で、どこからが創り物なのか、わからなくなる。そして、やがて、そんなことはどうでもいいことなんじゃないか。むしろ、ここから送られてくるメッセージをちゃんと受けとめなきらゃいけないんじゃないか。そう感じさせてくれる、傑作だった。


 この話が世にでてから、すでに20年近くが立とうとしているのに、ちっとも色褪せていない。それどころか、今の、そしてこれからの日本社会への警告のように感じるのは、私だけなのだろうか。

 村上龍は、きっと天才に違いない。そう感じさせる一冊だ。


希望の国のエクソダス (文春文庫)

希望の国のエクソダス (文春文庫)