科学のカラヴァッジョ派ブログ

ブログのコンセプトは「文学少女が物理学の本を読んだら」です。科学の恋愛至上主義。外見重視。

木田元『新人生論ノート』

 三木清が昭和十六年に『人生論ノート』を書いた。出るやいなやベスト・セラーになった。戦前のエリートの卵 ( ゆで卵ども ) である旧制高校生にとって西田幾多郎善の研究』や阿部次郎『三太郎の日記』と並ぶ必読書となった。


 三木清は死について、幸福について、懐疑について、習慣について、孤独について、希望について独特の文体で綴った。例えば、懐疑について。

 「不確実なものが確実なものの基礎である。パスカルは『人は不確実なもののために働く』とさえ言っている。なぜ懐疑が生まれるかといえば、いかなる者も他を信じさせることができるほどには、自分を信じさせることができないからなのである。
 懐疑は方法であり、そのことを理解できた者のみが、初めて独断も方法であることを理解する。」

 というふうに。


 『新人生論ノート』は哲学者の木田元が、木田テイストで三木清の『人生論ノート』を書き直した本。故郷について、記憶について、運命について、笑いについて、人生行路の諸段階について、死について、理性について、性格について、読書について、自然について、戦争体験について、遊びについて、書いてある。


 私は「笑いについて」が一番面白かった。

 まず木田さんはベルクソンホッブズの笑い論を軽く紹介した上で、自分にとっての笑いはこれらとは違うと退け、以下のように書く。


 「笑いは人間が孕んでいる不合理や矛盾を肯定することからはじまる。
 警視総監が泥棒であっても、それを否定し揶揄するのではなく、そのような不合理自体を、合理化しきれないゆえに、肯定し、丸呑みにし、笑いという豪華な魔術によって、うやむやのうちにそっくり昇天させようとするのである。
 合理の世界が散々もてあました不合理を、もはや精根つきはてたら突然不合理のまま丸呑みにして、笑いとばしてしまうことである。」


 そのあと、第六章「死について」にこんな話が書いてある。

 十八、九のころからずっと親しくしてきた友人の三井君が他界したのは、昭和五十八年だった。享年五十四才。
 六月に肺癌が発見され、その時点であと三ヶ月と言われたが、そのとおり、九月の初めに急逝した。幾度も見舞ったが、とてもそんな間近に死が迫っているとは思えない様子だった。本人も間もなく勤めていた新聞社に復帰できると思い、毎日病院の階段を昇り降りして脚のリハビリをしていた。
 九月四日の朝、危篤だという電話を奥さんからもらい、三時間近くかけて十一時すぎに病院に着くと、もう酸素テントに入っていた。三井君は私の顔を見て、右手を挙げ、笑いかけた。人生なにが起こるか分からないねとういふうに。

新人生論ノート (集英社新書)

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