科学のカラヴァッジョ派ブログ

ブログのコンセプトは「文学少女が物理学の本を読んだら」です。科学の恋愛至上主義。外見重視。

プラトンの哲学

プラトンは前427年アテナイに生まれた。生涯独身であった。ソクラテスとは兄や叔父やいとこが親しい間柄であった。幼少の頃からソクラテスの言行は魂の内に蓄積されていた。若い頃政治を志し、そして政治に失望した。そんな頃ソクラテスが死刑になった。誰よりも正義の人であると信じるソクラテスが、国法の名において死刑になったのだ。28歳のことだった。それからプラトンは一心にありし日のソクラテスを生き生きと伝える一連の対話篇を書き始めた。しかし、政治の志を捨てたわけではなかった。ただ目眩がするほどの政変を目の当たりにして何をなすべきか分からなくなっていた。だが対話篇を書き続ける内に、ソクラテスの生き方と政治を繋げるしかない、そう思うようになっていった。それが後に「哲人王」の概念に結実する。そのような漠然とした決意を胸にプラトンはイタリアに旅にでる。そしてピタゴラス派の思想に触れた。前387年アテネに帰ったときプラトンは決意を固めていた。まず学園「アカデメイア」を創設し自分の理想と目的にかなった教育機関を確保した。そして敢然と哲学に向かっていった。プラトンは40歳になっていた。
ここから、プラトンの哲学は独自の境地に入って行く。しかしソクラテスが対話をするという形式は崩さない。自分の哲学する根っこを守り続ける。律義なのだ。そしてプラトンは長年温めていた哲人王の構想に向かっていく。残念なことに、プラトンの哲人王の概念がどれ程正しいのか僕にはよくわからない。ただ、プラトンの耳にソクラテス最後の言葉が残り続けたであろうことは、よくわかる。

金や評判・名誉のことばかりに汲々としていて、恥ずかしくないのか。知と真実のことには、そして魂をできるだけすぐれたものにすることには無関心で、心を向けようとしないのか?

プラトンの哲学 (岩波新書)

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