科学のカラヴァッジョ派ブログ

ブログのコンセプトは「文学少女が物理学の本を読んだら」です。科学の恋愛至上主義。外見重視。

未来の思想

ダーウィンの「種の起源」の第一章「飼育栽培化における変異」にも書いてある通り、植物や家畜は人間が求める性質をもつように変化させられてきた。例えば、野生のイノシシは人間が家畜化することによってブタになった。もし進化というものを遺伝子の変異によって環境に適応し、個体の数を増やすことだとしたら、これは人間という新たな環境による自然淘汰といえるのではないだろうか。
ハーディによれば、共感的な感覚により社会を営み始めたことによって人間は文明を築き、ダーウィン的な自然淘汰をうけなくなった。例えば、寒い環境に対し、「人間以外の生物」は多毛症や多脂質などの性質をもった個体に突然変異した個体が生き残ることで進化したが、人間は毛皮を着、火を焚くことで生き残る。ではいったい人間は何によって進化するのか。
人間は発達した情報処理装置である大脳により、知識を外部化し後代に受け継ぐという「人間以外の生物の進化」では誤りとされていた獲得形質による遺伝を実現した。そして人間は進化をずんずん進め、地球の王者になった。しかしその結果待っていたものは進化の袋小路だった。例えば、人間が宇宙を目指し分かったことは、人間は重力に縛られているということであった。人間は地球から脱出しても宇宙服を脱げず、宇宙服を脱いだところで、人工重力のカプセルを脱ぐことはできない。人間はひとつの重力値の近辺に縛られていたのだ。私たちの生命エネルギー装置は数十億年前の細胞が開発したもので、大脳だって原始軟体動物が開発した神経伝達方式を使っている。結局人間は地球生命の歴史に制約されていたのだ。
ではこれで地球生命の進化は袋小路に入り終わってしまうのか。
小松左京はそうは考えない。最初に人間は生物にとって新たな環境になったと述べた。しかしそれだけではなかったのだ。人間は人間に対しても環境になったというべきだった。そしてその新たな環境は進化の行き止まりに立った人間を淘汰し新たな生物を産み出そうとしている。それはおそらく機械だろう。
機械は、神経細胞膜のイオン透過度の変化という秒速百メートルぽっちの電気化学方式ではなく秒速三十万キロメートルの電磁波で情報伝達をするようになるだろうし、酸素なんてなくたってへっちゃらだ。
これから、人間=環境による「機械の進化」という新たな進化の道が歩まれるのだろう。

小松左京セレクション 2---未来 (河出文庫)

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