科学のカラヴァッジョ派ブログ

ブログのコンセプトは「文学少女が物理学の本を読んだら」です。科学の恋愛至上主義。外見重視。

ビートたけし『アナログ』

「お互いに会いたいと思う気持ちがあれば、絶対に会えますよ。ただピアノに来ればいいんですもの。」

 主人公悟がインテリアを手掛けた喫茶店ピアノ。たまたま、そこで出会ったみゆきと名乗る女性と、毎週木曜日夕方、その店でまた会うことだけを約束する。お互い知っているのは、名前だけ。

 悟は、木曜日に急ぎの仕事が入ったり、出張がかさなったりする度に、会いたくて、残念で、胸が苦しくてたまらない。

 二人は、このアナログでミステリアスな距離を保ちながらも、確実に惹かれ合っていく。

 しかし、何故か突然、みゆきが店に姿を見せなくなってしまう。いったい何があったのだろう。


 そこから話は様相を変えていく。


 どこもかしこもデジタルな時代に逆行するような、ふたりの関係。ふたりを取り巻く、ひょうきんだが、思いやりのある愛すべき友達。年老いた母が子を思う心。

 どこを切り取っても、胸を打つラブストーリーといえるだろう。


 全くビートたけしという人は何者なのだろうか。ヤンチャなお笑い芸人であり、映画の巨匠であり、芸術家でもあり・・・・。

 そして、こんな話を紡げるのだから、少年のようなピュアな心を持った人に違いない。


アナログ

アナログ

柚木麻子『伊藤くんA to E』

 これは、伊藤君を取り巻くA、B、C、D、E、5人の女性達のお話である。

 美形で博識でボンボン。自意識過剰で幼稚。決定的な局面から逃げ続ける男。どこをどう見ても、しょうもない男・伊藤誠二郎。でも彼は主人公じゃない。

 この男に関わって、こともあろうに片想いして尽くしたり、ストーカーされて嫌悪したり、呆れたり、傷ついたり、傷つけ合ったりする女性達が主人公。

 各々の違う立場からのストーリーが、またこの男の駄目さをあぶりだす。だが、彼女達は、その嫌な部分をみつめることで、彼に呆れるだけじゃなく、鏡のように映る自分達をみつめているのだ。そして、自分を知り、自分を変化させていくのである。
なんと、たくましい!


 三宅隆太いわく、〈女性神話〉とは、社会的に認められるということよりも、自分が自分本来の姿を認めることで、《何か》へと変わる主人公を描く物語だそうで、これも、そんな神話のひとつと言えるだろう。


伊藤くんA to E (幻冬舎文庫)

伊藤くんA to E (幻冬舎文庫)

モーパッサン『女の一生』[訳・永田千奈] ( 光文社古典新訳文庫 )

 今回は、名作・モーパッサンの『女の一生』。

 あまりに有名すぎて、今さらあれこれ言うのもおこがましいが、主人公ジャンヌの妥協の人生ぶりには、かける言葉が見つからない。わずか3ヶ月のお付き合いで結婚した夫がとんでもない人で、夫と、甘やかした息子にひたすら翻弄されつづける。

 150年も前のことだから、女性達の立場も異なり制約も多く、身動きならない暮らしだったのだろう。そんな時代の女性の生きざまが今さら何の参考になるのか⁉と、訳者も悩まれたようだが、その挙げ句に、訳者が行き着いた言葉に共鳴した。

ー ジャンヌの感じた幻滅を私たちも多かれ少なかれ胸に抱き 「こんなはずじゃなかったのに」とつぶやきながら、生きているのではないか。「どこでまちがったのか」自問した挙げ句、運の悪さに行き着いている。
 文学には、人に夢与える力がある。だが、その一方で、夢破れた人間の姿に寄り添うこともできるのも、また文学の力ではないだろうか。そんな思いで本書と向きあうことができた。ー永田千奈


女の一生 (光文社古典新訳文庫)

女の一生 (光文社古典新訳文庫)

加藤シゲアキ『Burn.-バーン-』

 輝かしい賞を受け、公私ともに絶好調の演出家レイジ。しかし、何故か20年前の記憶がすっぽりとぬけていて思い出せない。

 不慮の事故をきっかけに、その記憶が少しずつ蘇り始め、かつての自分が、あぶり出される。

 天才子役と騒がれながらも、公園で先輩たちにいじめられていた日々。そして、通り掛かりに救い出してくれたくれた見知らぬおじさん。

 やがて、それが、公園を牛耳るホームレスのとくさんだと知り、学校帰りに、いや学校がわりに通いつめた。

 とくさんのキテレツな仲間たちとすごしたのどかで、解放された楽しい時間。

 そして、突然訪れた彼らとの鮮烈な別れ。

 そうだ。そのあまりのショックに記憶がなくなっていたに違いない。

 少しずつ蘇る記憶を紡ぎながら、少年の時からの心の成長と痛みを振り返る。


 加藤シゲアキ本人が、きれいなもののなかにある毒やえぐみ、アクのようなものを大事にしていきたいと語っている。

 読後には、彼の言いたいことがよくわかる。


Burn.-バーン- (角川文庫)

Burn.-バーン- (角川文庫)

歴史的な日本人数学者についてのメモ

 以前、高木貞治さんのことを、数学の百科事典「プリンストン数学大全」の年表にフルネームで載っている唯一の日本人と書いて紹介してしまったけど、もう一人フルネームで載っている日本人がいることに気がついた。その部分の近くだけ抜粋する。


1664~72年 ニュートンによる微積分の初期の著作

1678年 フック『復元力について』( 弾性の法則 )

1683年 関孝和『解伏題之法』( 行列式の項を決定する方法 )

1684年 ライプニッツによる微積分の最初の論文


プリンストン 数学大全

プリンストン 数学大全

  • 作者: ティモシーガワーズ,ジューンバロウ=グリーン,イムレリーダー,砂田利一,石井仁司,平田典子,二木昭人,森真
  • 出版社/メーカー: 朝倉書店
  • 発売日: 2015/11/10
  • メディア: 大型本
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住野よる『君の膵臓をたべたい』

君の膵臓をたべたい
住野よる

 社交的で限りなく明るいクラスメイト・桜良の余命が短いことを、偶然知ってしまった「僕」。

 その日から、読書だけが友達の地味な僕が、どういうわけか、「人気者桜良の死ぬ前にやりたいこと」につきあわされる。

 一緒にやりたいことを潰していきながら、友人も恋人もいらないと思っていた僕が、始めて人と関わりたいと切実に思うようになり、変わっていく。正反対のふたりが、反発しながらも、お互いに敬意を持ち、人として成長していく。

 それに、余命半年という条件付きの、ありがちセンチメンタル青春ストーリーかと思いきや、突然予期せね終わりがやってくる。

話は急転。
そうか、死は誰にでも平等に訪れるものなんだ!
と、思い知らされる。



村上龍『希望の国のエクソダス』

 二十世紀末、バブル破綻のつけを清算できないまま、日本経済が右往左往する中で、この小説は書かれた。

 今まで絶対的と思われてきた金融機関、終身雇用、大手一流企業神話…いろんなものが、崩れ始めた時代。今まで当たり前だと思ってきたセオリーが通用しないと、思われ始めた時代。

 経済だけではなくて、何を信じ、何を目標に、何処へむかえば良いのか。誰しもが不安を感じ始めた時代であった。

 そして、子どもたちには、手本としたい大人、信用できる大人がいなかった。

 だから、全国の不登校中学生達は、自分達で、自分達がやりたい社会を創ることにしたのだ。引きこもり中学生達はインターネットで繋がり、自分達の夢を一つ一つ実現させていく。

 その中核にASUNARO があった。

 自分達でネット情報から資金を生み出し、優秀な大人を雇って人材教育センターを作った。そのネットが生み出す情報量と質の高さから、世界経済にまで影響を及ぼすようになっていく。

 そのASUNARO 代表、中学生ポンちゃんは、国会衆議院予算委員会で話すチャンスを得ると、全世界に向けて言った。

「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」
と。

 数年後、希望を形にするために、ポンちゃん達は、北海道に移り住み、広大な土地で風力発電を始め、仮想通貨も作った。

 地元の産業を後押し、ネットを使って販路を広げた。

 そこでは、みんな上下関係に縛られることなく、自分のために働いている。

 どんなに規模が大きくなっても、ポンちゃん達は、小さなオフィスで、ポロシャツと綿パン姿。そこがなんだかホッとする。
   

 読んでるうちに、どこまでが本当で、どこからが創り物なのか、わからなくなる。そして、やがて、そんなことはどうでもいいことなんじゃないか。むしろ、ここから送られてくるメッセージをちゃんと受けとめなきらゃいけないんじゃないか。そう感じさせてくれる、傑作だった。


 この話が世にでてから、すでに20年近くが立とうとしているのに、ちっとも色褪せていない。それどころか、今の、そしてこれからの日本社会への警告のように感じるのは、私だけなのだろうか。

 村上龍は、きっと天才に違いない。そう感じさせる一冊だ。


希望の国のエクソダス (文春文庫)

希望の国のエクソダス (文春文庫)