本谷有希子『江利子と絶対』

本谷有希子の短編集。
三編のごく短いストーリーたちの中に、濃い本谷ワールドが凝縮されているらしい。確かに軽快で読みやすい文章に、伝えたいことがぎっしりストレートに詰め込まれている感じがする。きっとこのひとの描く舞台は面白いのだろうと連想できたが、小説としては、うーんどうなんだろう。違う気がする。

一作目の江利子はほぼ引きこもりの高校生。ボンレスハムみたいにぐるぐる巻きにされていた犬を救いだし、絶対と名付け、どんなときも絶対自分の味方となることを求める。譲れない正義感をうちに秘めていて時々それが炸裂する。
かなり激しい展開だが、まだ理解可能だった。

二作目は、もはやグロテスクとしか言いようがない。
おじさんいじめの容赦なさも、ひどすぎるが、猫を電子レンジでチンした時点で、私としては完全にアウトだった。

三作目は、簡単に人を殺してしまうお兄さんの話。
最後にほんの少しだけ光が見えたが、あまりに絶望的で暗い。

読み終わったときに、ホッとしたり、あたたかい気持ちになれるような話を求めてしまう私には、あまりにもグロテスク過ぎて辛いワールドであった。


梓澤要『荒仏師 運慶』

平安から鎌倉への大きな時代のうねりの中で、稀代の天才と讃えられた仏師・運慶が、如何に生まれ、如何に生きたか。
ひたすらに彫りつづけた、その狂おしいまでの生きざまを描いた歴史小説



とにかく、冒頭の一ページに殺られてしまう。

 わたしは美しいものが好きだ。
 たとえば、女のなめらかな肌、若い男のこりこりと硬そうな筋肉、春日野を駆ける鹿たちのしなやかな動き、絹布の襞の重なり、複雑で繊細な模様、仏の像の端正なお顔、冠の透かし彫り、夜光貝の象篏細工、水面にきらめき踊る光の渦、風にしなる木々の影。
 美しいものを見ると、この手で触れると、恍惚として、自分の醜さを忘れられる。
 母は美しい女だった。三歳年下の弟は生まれながらに母譲りの細面で色白のきれいな子だったから、母は弟ばかり可愛がり、わたしを毛嫌いした。
 「猿みたいに醜い顔」
 わが子なのに、面と向かって嘲り嗤った。おまけにわたしは口が重くて愛嬌がなく、ますます疎ましいがられた。


普通この状態だったら、母や弟を恨み、自分の醜さや愛嬌のなさを嘆くものだが、
運慶は違う。

なんと言っても、その醜い子は天才だったのだから。

五才ぐらいから蚤を操り、仏の手や足先や台座の飾り彫りをこなしていたのだから。

幼い頃から才能を認められ、工房に入り浸ることを許され、特別な存在でいられたのだから。


もうこれだけで、運慶という人がどうして美しいものを愛し、その美しさを表現することに身を削り命をかけられたのかが、自ずと知れてしまうと言うものだ。


しかし、勿論これだけではない。

京都の仏師だけが都で仕事ができた厳しい時代に、奈良仏師一門を率いる運慶親子がどんなウルトラシー級の技と頑張りで割り込んでいったのか。
その道のりで出会った鎌倉の武将達と北条政子
はたまたもうひとりの天才快慶との確執や、あの有名すぎる東大寺南大門の仁王象のできるまでのいきさつ。
そして、度々運慶を死へ引きずり込もうとする病等々。

最期を迎えるとき、
「たとえ無名の仏師で終わったとしても、人の心に刻み込まれるお像を一体でも造ることが出来れば満足だった。」
と、運慶が思いいたるまでの、長く重い葛藤の道のりが、生き生きと描きだされている。

「仏の像を造ることは人の心に刻むことだ」と言う父の言葉を、神妙に受け止める純粋さを持ち合わせながらも、実に男臭くて、人間臭い運慶の一生を、へぇー!ほー!と、ゆっくり味わってみては如何だろうか。

荒仏師 運慶 (新潮文庫)

荒仏師 運慶 (新潮文庫)

百田尚樹『ボックス!』

大阪 環状線の車内。
恵美須高校の女性教師・高津耀子が、傍若無人に振る舞う男5人、女1人の若者達の行為を見逃せず、キッと睨みつけたことから、ストーリーは始まる。
逆に彼らに絡まれて、万事休すかと思われた瞬間、そこに二人の少年が現れ、助けてくれたのだ。それはあたかも風のようであった。

後日、その少年たちが、同じ恵美須高校の生徒であることが分かった。一人は、特進クラスの生徒の木樽優紀。学費免除を受けるほど優秀な生徒。

もう一人が、ボクシング部に所属する鏑矢義平。彼は天才的センスを持ったボクサーだった。5人の若い男たちをあっという間に倒したのも、この鏑矢義平だった。

気が弱くて優等生の優紀と、ケンカ早くておちゃらけ者の鏑矢は幼馴染みで、親友であったが、優紀に屈辱的な事件が起きてしまうまでは、それぞれ別の世界に所属して暮らしていた。

しかし、優紀は、ある日同じクラスの女生徒と街を歩いているときに、中学生時代にいじめられていた不良たちに出くわしてしまい、彼らに叩きのめされてしまったのだ。
この事件がきっかけとなり、自分も強くなりたいと考えた優紀は、鏑矢が所属するボクシング部に入部することを決意する。

ボクシング部に入った優紀は、鏑矢のボクサーとしての本当の凄さを知ることになる。
圧倒的な強さの前に、自分の無力さひ弱さを嫌というほど見せつけられたが、ひたすらコツコツと地味なトレーニングを重ねていくのだった。


強すぎるがゆえに、あまり真剣に練習に打ち込むことがなく、それが原因でスタミナ不足だった鏑矢。
高校5冠を達成した無敗の最強のボクサー稲村に負けたショックでボクシング部をやめてしまったが、自らに 過酷なまでの練習を課し、着実に力をつけていく優紀の姿を目の当たりにし、再びリンクに戻ってくるのだった。

果たして、高校ボクシング界最強のモンスター・稲村を倒すことはできるのだろうか。それは優紀なのか、それとも鏑矢なのか。

このストーリーは、 鏑矢と優紀のふたりを軸に、弱小チームが成長していく姿を描いた所謂スポ根青春物語である。

縁あってボクシング部の顧問となった耀子と、優紀の2つの目線から語られる。

なんと作者の百田尚樹は、大学時代、アマチュアボクサーだったそうで、どうりでボクシングの描写が詳しい訳だ。
かなり専門的な知識を織り混ぜて、緻密に書き込んでいるが、ボクシング初心者の耀子の目を通すことによって、結果的にとても分かりやすく説明してもらえる。

そのため、ボクシングが苦手とか、わからないとか思っている私のような読者でも、充分に楽しめる。

Box!
さあ、貴方もストーリーの中で一緒にボクシングを始めませんか!?


ボックス!(上) (講談社文庫)

ボックス!(上) (講談社文庫)

ボックス!(下) (講談社文庫)

ボックス!(下) (講談社文庫)

京極夏彦『魍魎の匣』

魍魎の匣』は、京極夏彦の長~い長~い推理、伝奇小説。    
姑獲鳥の夏』(うぶめのなつ)に次ぐ
百鬼夜行シリーズ」の第2弾である。

第49回日本推理作家協会賞受賞作。
2007年12月22日にこれを原作とする映画が公開され、さらに、2008年10月から12月までテレビアニメが放送された 。

戦後7年ぐらいの日本で、奇怪な事件を、必死に追っている刑事達を尻目に、「京極堂」こと中禅寺秋彦が「憑き物落とし」として解決する様を描く。
作品内では民俗学等様々な視点から、妖怪の成り立ちが説かれ、また、トリックよりも陰陽師としての「憑き物落とし」が「事件の種明かし」のポイントとなるのが特徴である。

魍魎の匣』は、女子高生 柚木加菜子がホームから落ちる人身事故から始まる。
姉の柏木陽子は、重症の加菜子を、所長の美馬坂幸四郎が不死を研究しているという、怪しげな山中の箱形の研究所へと運び込んでしまう。
そして、刑事達が見張る中で、突然姿を消してしまう加菜子と、そこに舞い込んだ誘拐予告状。まさにハテナ?だらけの展開である。

一方あちこちで発見される少女のバラバラ死体。
また、ちらほら目撃される匣を大切そうに抱える男。男が自慢気に見せてくれる匣の中には、あたかも生きているような美しい娘の顔が、ぴったりと嵌まっていて、時折ほうっ!と、ため息をもらすという。
その匣を見てしまい、魅せられてしまった男は狂気に取りつかれてしまうらしい。

その頃新星のように現れた新進若手幻想作家のおどろおどろしい次回発表作『匣の中の娘』が怪しすぎる。

その上、得たいのしれない新興宗教まで絡み、事件は一層混沌としてしまう。

こうして先行きが見えなく行き詰まってしまったところで、陰陽師の登場となるのである。
水戸の御老公の葵の紋の印籠よろしく、京極堂が、憑き物落としで、鮮やかに謎を解き解決してしまうのだ。

私は、この小説は、所謂ミステリーとは、ちょっとジャンルが違う別物だと思う。
そして、京極の滑らかな文章には魔力があるとしか思えない。
そうでなければ、まるで箱みたいなこんな分厚い本を読みきれる訳がない。

それなのにミリオンセラーなのだから。
こちらのほうが一層謎である。

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)

『まんがでわかる理科系の作文技術』by 兄

理系の大学院に進学することになり、レポートを大量に書く必要性がでてきた。


レポートを書くのは嫌いではなかったが、改めて書き方を確認したいと思い、「まんがでわかる理科系の作文技術」を手にとった。


この本は、木下是雄著「理科系の作文技術」を元にまんが化・再構成したものだ。


オリジナル版は、1981年9月刊行以来、現在までに100万部を突破している。


大学院でもオリジナル本を推奨していたので、38年立っても未だに定番だ。


私はさくっと読みたかったので、マンガ版を読むことにした。
この本で述べられてる文章術は、理科系の文章に限った話ではなく、仕事において普遍的に役立つ内容であった。


理科系の仕事の文書には、下記の要素がある。
◆読者に伝えるべき内容が事実と意見に限られ心理的要素を含まないこと
◆主題について、事実と意見を精選し、順序よく明快・簡潔に記述すること
◆必要なことはもれなく記述し、必要でないことは1つも書かないこと
◆小説のように情緒豊かな表現で起承転結で並べるものではないこと


特に参考になった3点を以下に述べる。


①重点先行主義で文章を書く
・大事なことは先に書く
・各段落の冒頭に段落の概要文を書く
・文は読者がそこまで読んだことだけによって理解できるように書く(前置修飾語をあまり書き込まず短い文で書く。英文のように前から理解できる文を意識する。)
・論文は冒頭の表題と著者抄録に要点をまとめている
・新聞は冒頭の表題とリード文に要点をまとめている
・説明文は概要から細部の順に書いてある。


心理的要素は含まず、事実と意見を分けて書く
・事実の記述には、意見を混入させないようにする
・事実の記述は、一般的ではなく特定的であるほど、また抽象的でなく具体的であるほど、情報としての価値が高く、読者に訴える力が強い
・事実の上に立ち、論理的に導き出した意見を書く
・意見には、大きく6種類ある。
1.推論、2.判断、3.意見(狭義)、4.確信、5.仮説、6.理論
・事実の記述は「真(正しい)」か「偽(誤り)」かのどちらか。
・意見の記述は複数の評価が並立するもの


③明確に主張する(日本語らしくない日本語を使う)
・日本人は欧米人に比べて明言を避けたがる傾向がある
・「と思われる」ではなく「と思う」と書く
・「であろう」「と見てもよい」といった緩衝表現は使わない
・「ほぼ」「たぶん」「ような」「らしい」といったぼかし言葉を削る
・あいまいな表現は、責任を回避する以外に何も生まない ⇒ 仕事に真剣でないと同じこと




以上が参考になった点だ。


マンガだが、濃い内容であった。


「理科系の作文技術」の内容を知りたいが、オリジナル版ではハードルが高いと感じた人にはちょうどよい本だと思う。

レポートがいつも感想文になってしまう文系の方にもおすすめしたい。

まんがでわかる 理科系の作文技術 (単行本)

まんがでわかる 理科系の作文技術 (単行本)

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

【読書】ジェームズ・アレン『「原因」と「結果」の法則 』by 兄

自宅の本棚をあさっていたら、原因と結果の法則という本が出てきた。
(原題は AS A MAN THINKETH)

新入社員研修の際に、講師から勧められ購入したのだが、読まずに本棚で眠らせていたのだ。
懐かしく思い読んでみることにした。

本書は1902年に書かれた本であり、欧米の著名な自己啓発書作家たち(デール・カーネギー、アール・ナイチンゲール等)に強い影響を及ぼしたようだ。

「近年の自己啓発書のほとんどは、本書のシンプルな哲学に具体的な事例をあれこれとくっつけて、複雑化したものにすぎない」と指摘する人たちさえいる。

ジェームズ・アレンの主張は極めてシンプルだ。
私たちの環境を創っているのは、私たち自身である。
原因は自分自身であり、その結果が自分を取りまく環境に反映されている。
環境の悪さをほかの人たちのせいにするのをやめ、自分自身をより良くしていくことに注力すべし。
これに尽きると思う。

精神論寄りの内容が多いが、ハッとする言葉が所々に散りばめられている。

自己啓発系の本が好きな人であれば、一読の価値はあると思う。

最後に、この本の冒頭のジェームズ・アレンのメッセージを以下に記す。


心は、創造の達人です。
そして、私たちは心であり、思いという道具をもちいて自分の人生を形づくり、そのなかで、さまざまな喜びを、また悲しみを、みずから産み出しています。
私たちは心の中で考えたとおりの人間になります。
私たちを取りまく環境は、真の私たち自身を映し出す鏡にほかなりません。

ジェームズ・アレン


新訳 原因と結果の法則 (角川文庫)

新訳 原因と結果の法則 (角川文庫)

「原因」と「結果」の法則

「原因」と「結果」の法則

【読書】『さらさら読めるのにジワッとしみる「マーケティング」のきほん』by 兄

マーケティングの基本をおさらいしたいと思い本書を手にとった。

マーケティングとは何か。
著者は「売れる仕組みを創ること」とシンプルに定義していた。

マーケティングの本というと、フィリップ・コトラーの書いたマーケティング・マネジメントという本が有名だが、百科事典のような内容で、初学者にはややとっつきにくいように思う。
その点この本は、160ページとさくっと読むにはちょうど良い分量で、図が多用されていて理解しやすい。

私のように、マーケティングの専門用語を浅く広くおさらいしたい人(知りたい人)には、ちょうど良い書籍だ。

(用語例)
SWOT分析
強み、弱み、機会、脅威を評価・分析する手法。
内的要因、外的要因、プラス面、マイナス面として整理。

◆プロダクトポートフォリオマネジメント(PPM)
市場の成長性と市場での自社のシェアで整理。
金のなる木、花形、問題児、負け犬

◆STP
セグメンテーション:市場を細分化する
ターゲティング:フォーカスすべき市場を決める
ポジショニング:自社のポジションを明確にし、理解してもらう

◆4P
製品(プロダクト)
価格(プライス)
流通(プレイス)
販促(プロモーション)
この4つの要素を組み合わせることをマーケティングミックスと呼ぶ。

◆4C
顧客価値(カスタマーバリュー)
顧客にとっての経費(コスト)
顧客便利性(コンビニエンス)
顧客とのコミュニケーション
「4Pから4Cへ」
売る側から買う側の視点へ

◆マスマーケティング
不特定多数のマーケットに対して有効なマスメディア(TV、新聞、雑誌、折込チラシ、ラジオ)を使ったマーケティングのこと

ダイレクトマーケティング
ダイレクトメディア(ダイレクトメール、Fax、Tel、Eメール)を使って特定多数(少数)にアプローチするマーケティング
マスには「大衆」という意味がある。

◆ライフタイムバリュー(LTV)
1人の人間、または1世帯を市場と捉えシェアを議論する考え方

◆RFM分析
顧客分析の代表的手法
Recency 最終購買日
Frequency 購買頻度
Monetary 購買金額

RFM分析の目的
①顧客をより深く正確に知ることで優良顧客を守り
②準優良顧客には優良顧客にランクアップしてもらい
③浮気性の顧客が他社に奪われることを防ぎ囲い込むこと

◆カスタマー・リレーションシップ・マネジメント(CRM)
直訳すると、顧客関係管理という意味。
顧客情報(特に購買履歴)を格納するデータベースシステム。
CRMを分析して、ライフタイムバリューを獲得する。

◆セールス・フォース・オートメーション(SFA)
主にB to Bでの営業案件管理を目的として開発された。
四半期ごとの売上予測をかなり高い精度で把握できる。

◆リターン・オン・インベストメント(ROI)
ROI=利益÷投資×100
費用対効果の可視化。効果測定。

◆イノベーター理論(イノベーションのベルカーブ)
新しい革新的な技術や製品がマーケットに受け入れられる順番を時間軸で表現したもの。
市場の浸透に応じて顧客層が移り変わっていく。

以上が、参考になったマーケティング専門用語とそのメモである。
詳細は本書を読んで確認していただきたい。

また3章では、現場での心得というテーマで、マーケティングの理論だけでなく、実践を意識した内容も紹介されている。

本書は、マーケティング関連で最初に読む本としても、充分おすすめできる。


サラサラ読めるのにジワッとしみる「マーケティング」のきほん

サラサラ読めるのにジワッとしみる「マーケティング」のきほん