科学のカラヴァッジョ派ブログ

ブログのコンセプトは「文学少女が物理学の本を読んだら」です。科学の恋愛至上主義。外見重視。

小川洋子『人質の朗読会』

 遺跡観光を終えたマイクロバスが、山岳地帯で反政府ゲリラの襲撃を受け、乗客8人が拉致された。

 廃屋の中で、人質達は生きるために朗読会を始める。

 必要なのは、じっと考えることと、耳を澄ませること。

 しかも、いつになったら解放されるのかという未来ではなくて、未来がどうであろうと決して損なわれない過去の話で。

 誰でも、ひとつぐらいはありそうな、ささやかで、でも忘れられない大事な秘め事を、文字に残し、言葉にすることで、今、生きていることを確認し合っているのだ。

 彼らの姿が目に浮かび、声が聞こえてくる。切ないようで、でも絶望ではない。今日を生きるための言葉達が鮮やかで実に美しい。




7月16日
栗原康『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』 - マティスが好きな大学生の日常
加藤一二三『羽生善治論 「天才」とは何か』 - マティスが好きな大学生の日常

湊かなえ『境遇』

―私たちが親友になれたのは、同じ境遇だからなのかな―


 共に幼い頃親に捨てられ児童養護施設で育った過去を持つ、陽子と晴美。大学時代、ボランティアで出会った二人が友達になるのに、時間はかからなかった。新聞記者となった晴美と政治家の妻になった陽子。二人はいつだってかけがえのない友達で、充実した幸せな日々を送っていた。

 しかし、忙しくてなかなか一緒にいられない息子のために描いた陽子の絵本「あおぞらリボン」が、ベストセラーとなったことから、何かが狂い始めた。



 陽子の息子が誘拐されて、届いた脅迫状。

「息子を返して欲しければ、真実を公表しろ」

 果たしてその真実とは?
 そして、犯人は誰?


 これは、『告白』でセンセーショナルなデビューを飾った湊かなえが、ドラマのために書き下ろした小説である。


 彼女の小説の日常のなかには、どこかに毒が潜んでいて、そして、その毒は癖になる!


境遇 (双葉文庫)

境遇 (双葉文庫)


7月3日
町山智浩『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』 - マティスが好きな大学生の日常

小川洋子『ブラフマンの埋葬』

 ヨーロッパの村外れだろうか。緑に包まれた田園の中に、あらゆる創作活動を営む芸術家達のための場所がある。元はある出版社の社長の別荘だったが、遺言により〈創作の家〉として無償で提供されている。

 大勢の人々がそこを愛し、静かな時間と新たなインスピレーションを求めて集まり、短期または長期に渡り滞在する。そして、主人公・僕は、そこの管理人であること以外何もわからない。

 この物語の中では、僕を含め登場する誰もが固有名を持たず、とても無機質な印象で、どこか冷たさをも感じてしまう。そのなかで、唯一名前を授けられた水掻きのある小動物〈ブラフマン〉。彼にだけは、血の通ったぬくもりが感じられる。

"朝霧の冷たさとブラフマンの温かさが、僕の中で一つに溶け合っている。僕は伸びをする。ブラフマンも真似して、耳まで届かない前脚を精一杯伸ばす"

 ブラフマンには、好き嫌いがない。ミルクを卒業して以来、朝8時と夜6時に食事をする。彼はこの2つの時間に限り、時計の針を読むことができる。そして、10分前から落ち着きがなくなり、5分前には僕のふくらはぎをなめはじめて催促し、時間になると、不安で目尻に涙を溜める。

 ブラフマンは、僕の足を踏む。洗車をしているときも、仕事に出る僕を見送るときも、後ろ足で甲を踏ん付けてくる。肉球の触感が僕に残る。



 絵のように美しい情景の中で、ひとりと一匹が慈しみ合う短い夏。それが、無性に切なく、いとおしい。


ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)

竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』

 センター試験間近の高校三年生、賓田清澄は、校内でいじめられてる1年生の女の子、玻璃を目撃。ヒーローっぽく助けようとしたことから、全てが始まった。

 清澄の頑張りでいじめはなくなったのに、玻璃の体のアザはなくならない。

 結局ふたりは、絶対ありえないような凶悪犯罪と対峙することになる。高校生にいったい何ができるの?、彼女をホントに救える?それでも清澄は、体を張ってとことん守り抜こうと立ち向かう。

 ぼこぼこでアザだらけの玻璃の頬を両手で包み、"綺麗だよ。花束みたいだ。"と、語るシーンは、胸キュンです。

 これは切ない
heart-warming ラブストーリー?
それとも、危険なミステリー?

 いや、やっぱりヒーローストーリーと、あえて言いたい。


 ヒーローの息子は、やっぱりヒーローだったのだ。



砕け散るところを見せてあげる (新潮文庫nex)

砕け散るところを見せてあげる (新潮文庫nex)

恩田陸『蜜蜂と遠雷』

 近年注目度が高まっている芳ケ江国際ピアノコンクール。百人以上のコンペティタント達が繰り広げる、熱い二週間の闘いの幕が、今、切られようとしている。

 13歳で、愛する母の急死に直面し、ピアノを弾けなくなってしまった、かつての天才少女、亜夜が、7年ぶりにステージに帰ってきた。会場での、おさな馴染み、マサルとの偶然の再会。幼い日に、亜夜からピアノの愉しさを伝えられたマサルは、いまや、名門ジュリアード音楽院の天才貴公子に変身していた。彼がステージに立つと、会場がどよめいた。

 そして、巨匠ホフマンからの謎の推薦状を携えた風雲児、カザマ・ジン。彼の自由な音楽が、亜夜達の調べを、よりいっそう目覚めさせていく。そして演奏を、さらに高めていく。あたかも起爆剤のように。


 第一次予選から、第三次予選、そして本選へと続く熱く長いコンクールを、間近で共に体験するような臨場感が、音楽と無縁の私には、やけに新鮮で、ドキドキ感がたまらなかった。

 また、ギフトを与えられた者達だけが、分かち合える音楽の存在、認めあった者達だけが引き起こす化学反応のような高め合いや成長に身震いを禁じ得なかった。

"ミュージック。その語源は、神々の技だという。"  


蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷


恩田陸『六番目の小夜子』 - マティスが好きな大学生の日常

トニ・モリスン『青い眼がほしい』

"ここだけの話にしてね"
これは、おとなの話に耳を傾けている子供たちに馴染み深い言葉だ。作り話や、家族や、近所の噂話をしたりするときに黒人女がいつも前置きに使う。

そうやって話がはじめられるとき、これは私たちだけの話で他の人に聞かせることはできないという排他的で秘密めいた響きがある。

語り手の少女は、情報通の大人の真似をして「ここだけの話」を、過去を振り返りながら、季節の花のちょっとした狂いと、しがない黒人少女ピコーラの人格崩壊との繋がりを語り手自身の視点から暴いていく。

1960年代、黒人たちの社会が大きく変動するうねりの中でこの本は書かれた。
しかし、この最初の出版は、ピコーラの人生同様に、とるに足らないと片付けられ、誤解され、認められるまで25年の月日を重ねた。

人種差別のある社会では、その影響は、差別される集団のなかにもあらわれる。そして永遠のようにつづく日々の生活の中で、多くの人を傷つける。

モリスンは、人種差別が人種内におよぼす影響を明快かつ鮮烈にえがいているが、告発や抗議の口調と違い、淡々としていて、ゆるやかでもある。

"世界中の人々が彼女たちに命令する立場にいた。白人の女たちは、「これをやれ」と言った。白人の子供たちは、「あれをくれ」と言った。白人の男たちは、「ここへ来い」と言った。黒人の男たちは、「横になれ」と言った。彼女たちが命令を受けなくてすむのは、黒人の子供たちとお互い同士だけだった。"

青い眼がほしい (ハヤカワepi文庫)

青い眼がほしい (ハヤカワepi文庫)

小山慶太『寺田寅彦 漱石、レイリー卿と和魂洋才の物理学』

 小山慶太さんの『寺田寅彦 漱石、レイリー卿と和魂洋才の物理学』のメモ。


 和魂洋才の物理学。

 寺田寅彦は光や原子ではなく、尺八、金平糖、椿の花、線香花火について研究した。寺田寅彦の物理学には風情がある。




 寺田寅彦の口癖。

「ねえ君、不思議だと思いませんか?」




 夏目漱石との出会い。

 寺田寅彦が入学した熊本の高校の英語の先生が夏目漱石だった。寺田寅彦は「まるで恋人にでも会いに行くような心持ち」で漱石の自宅に足繁く通い、俳句をよんだと回想している。




 夏目漱石と科学。

 英文学を研究するために留学していた漱石は、ロンドンから妻宛てに手紙を書いた。「近頃、文学書は嫌になり、科学の本を読んでいる。」




 寺田寅彦とレイリー卿。

 レイリー卿は「空はなぜ青いのか」という疑問を解明した。そのレイリー卿が書いた『音響理論』を修繕寺で温泉に浸かりながら読んだ寺田寅彦は、博士論文として「尺八の音響学的研究」を書いた。尺八の奏者は首の傾き加減を変えることで音の高低を調節し、哀調を帯びた音色を聞かせてくれる。ねえ君、不思議だと思いませんか?

寺田寅彦 - 漱石、レイリー卿と和魂洋才の物理学 (中公新書)

寺田寅彦 - 漱石、レイリー卿と和魂洋才の物理学 (中公新書)