科学のカラヴァッジョ派ブログ

ブログのコンセプトは「文学少女が物理学の本を読んだら」です。科学の恋愛至上主義。外見重視。

歴史的な日本人数学者についてのメモ

 以前、高木貞治さんのことを、数学の百科事典「プリンストン数学大全」の年表にフルネームで載っている唯一の日本人と書いて紹介してしまったけど、もう一人フルネームで載っている日本人がいることに気がついた。その部分の近くだけ抜粋する。


1664~72年 ニュートンによる微積分の初期の著作

1678年 フック『復元力について』( 弾性の法則 )

1683年 関孝和『解伏題之法』( 行列式の項を決定する方法 )

1684年 ライプニッツによる微積分の最初の論文


プリンストン 数学大全

プリンストン 数学大全

  • 作者: ティモシーガワーズ,ジューンバロウ=グリーン,イムレリーダー,砂田利一,石井仁司,平田典子,二木昭人,森真
  • 出版社/メーカー: 朝倉書店
  • 発売日: 2015/11/10
  • メディア: 大型本
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住野よる『君の膵臓をたべたい』

君の膵臓をたべたい
住野よる

 社交的で限りなく明るいクラスメイト・桜良の余命が短いことを、偶然知ってしまった「僕」。

 その日から、読書だけが友達の地味な僕が、どういうわけか、「人気者桜良の死ぬ前にやりたいこと」につきあわされる。

 一緒にやりたいことを潰していきながら、友人も恋人もいらないと思っていた僕が、始めて人と関わりたいと切実に思うようになり、変わっていく。正反対のふたりが、反発しながらも、お互いに敬意を持ち、人として成長していく。

 それに、余命半年という条件付きの、ありがちセンチメンタル青春ストーリーかと思いきや、突然予期せね終わりがやってくる。

話は急転。
そうか、死は誰にでも平等に訪れるものなんだ!
と、思い知らされる。



村上龍『希望の国のエクソダス』

 二十世紀末、バブル破綻のつけを清算できないまま、日本経済が右往左往する中で、この小説は書かれた。

 今まで絶対的と思われてきた金融機関、終身雇用、大手一流企業神話…いろんなものが、崩れ始めた時代。今まで当たり前だと思ってきたセオリーが通用しないと、思われ始めた時代。

 経済だけではなくて、何を信じ、何を目標に、何処へむかえば良いのか。誰しもが不安を感じ始めた時代であった。

 そして、子どもたちには、手本としたい大人、信用できる大人がいなかった。

 だから、全国の不登校中学生達は、自分達で、自分達がやりたい社会を創ることにしたのだ。引きこもり中学生達はインターネットで繋がり、自分達の夢を一つ一つ実現させていく。

 その中核にASUNARO があった。

 自分達でネット情報から資金を生み出し、優秀な大人を雇って人材教育センターを作った。そのネットが生み出す情報量と質の高さから、世界経済にまで影響を及ぼすようになっていく。

 そのASUNARO 代表、中学生ポンちゃんは、国会衆議院予算委員会で話すチャンスを得ると、全世界に向けて言った。

「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」
と。

 数年後、希望を形にするために、ポンちゃん達は、北海道に移り住み、広大な土地で風力発電を始め、仮想通貨も作った。

 地元の産業を後押し、ネットを使って販路を広げた。

 そこでは、みんな上下関係に縛られることなく、自分のために働いている。

 どんなに規模が大きくなっても、ポンちゃん達は、小さなオフィスで、ポロシャツと綿パン姿。そこがなんだかホッとする。
   

 読んでるうちに、どこまでが本当で、どこからが創り物なのか、わからなくなる。そして、やがて、そんなことはどうでもいいことなんじゃないか。むしろ、ここから送られてくるメッセージをちゃんと受けとめなきらゃいけないんじゃないか。そう感じさせてくれる、傑作だった。


 この話が世にでてから、すでに20年近くが立とうとしているのに、ちっとも色褪せていない。それどころか、今の、そしてこれからの日本社会への警告のように感じるのは、私だけなのだろうか。

 村上龍は、きっと天才に違いない。そう感じさせる一冊だ。


希望の国のエクソダス (文春文庫)

希望の国のエクソダス (文春文庫)

カズオ・イシグロさんのノーベル文学賞受賞を記念して。『わたしを離さないで』

 カズオ・イシグロさん、ノーベル文学賞受賞、おめでとうございます。

『わたしを離さないで』は、私が一番好きな本です。


 へールシャムと呼ばれる閉鎖的な寄宿舎で繰り広げられる平穏な日々の積み重ね。ささやかな楽しみや、どこにでもありそうないざこざが、淡々と綴られながら物語は始まります。

 その先に絶望的な運命が待っているとは知らされずに。

 しかし、意外にも早い段階でその事実が明かされます。

 そして、その事実と向き合いながら、悲しんだり、笑ったり、絶望しながらも、お互いを愛し続ける主人公たちの切実な姿に、胸をしめつけられました。



「わたしを離さないで」

 いつだって社会に対する批判は大切な人への、この言葉ではじまり、この言葉で終わるのかもしれません。

 この小説は社会が越えてはいけない一線を考えさせる、切ないラブストリーです。


 とにかく、私はこの小説にやられちゃいました。



わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

岡敦『強く生きるために読む古典』

強く生きるために読む古典

岡 敦


 世の中は、鈍感なほど生きやすい気がする。

 作者は、高校生の多感な時期に、新左翼運動に関わり、友の死に直面した。
 また、両親の破産、離婚を経験し、母とふたり、負債を逃れてたどり着いた飯場生活の中で、厳しいながらも今までと違うどこか明るい世界を感じたと言う。

 そう聞くと、かなりのタフガイを思い浮かべてしまうが、これがどうして、実に繊細な人なのだ。

 そんなデリケートな人には、実に生きにくい社会だから、彼は自分のことを、「できそこない」と自称する。

 そして、そんな自分が生きていくために、古典を自分なりに解釈して、人生に対抗するのである。

 彼にかかれば、ヘーゲル弁証法も、カミュも、法然も、マルクス・アウレーリウスの『自省録』も、姿を変えて生きていくための武器になる。

 つまり彼は、生きていく力になるように、本を読むのだ。
 私には、どの解釈が正しいかどうかなんてわからないが、こういう読み方があってもいいと思う。
 生きてくための力になる読書なんて、実に頼もしいし、興味深い。

強く生きるために読む古典 (集英社新書)

強く生きるために読む古典 (集英社新書)

小川洋子『人質の朗読会』

 遺跡観光を終えたマイクロバスが、山岳地帯で反政府ゲリラの襲撃を受け、乗客8人が拉致された。

 廃屋の中で、人質達は生きるために朗読会を始める。

 必要なのは、じっと考えることと、耳を澄ませること。

 しかも、いつになったら解放されるのかという未来ではなくて、未来がどうであろうと決して損なわれない過去の話で。

 誰でも、ひとつぐらいはありそうな、ささやかで、でも忘れられない大事な秘め事を、文字に残し、言葉にすることで、今、生きていることを確認し合っているのだ。

 彼らの姿が目に浮かび、声が聞こえてくる。切ないようで、でも絶望ではない。今日を生きるための言葉達が鮮やかで実に美しい。




7月16日
栗原康『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』 - マティスが好きな大学生の日常
加藤一二三『羽生善治論 「天才」とは何か』 - マティスが好きな大学生の日常

湊かなえ『境遇』

―私たちが親友になれたのは、同じ境遇だからなのかな―


 共に幼い頃親に捨てられ児童養護施設で育った過去を持つ、陽子と晴美。大学時代、ボランティアで出会った二人が友達になるのに、時間はかからなかった。新聞記者となった晴美と政治家の妻になった陽子。二人はいつだってかけがえのない友達で、充実した幸せな日々を送っていた。

 しかし、忙しくてなかなか一緒にいられない息子のために描いた陽子の絵本「あおぞらリボン」が、ベストセラーとなったことから、何かが狂い始めた。



 陽子の息子が誘拐されて、届いた脅迫状。

「息子を返して欲しければ、真実を公表しろ」

 果たしてその真実とは?
 そして、犯人は誰?


 これは、『告白』でセンセーショナルなデビューを飾った湊かなえが、ドラマのために書き下ろした小説である。


 彼女の小説の日常のなかには、どこかに毒が潜んでいて、そして、その毒は癖になる!


境遇 (双葉文庫)

境遇 (双葉文庫)


7月3日
町山智浩『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』 - マティスが好きな大学生の日常